その日の試合は減量のきつかったライト級(60㎏)からライトウェルター級(63.5㎏)にクラスを上げて出たせいか、すこぶる調子が良かった。
相手選手は数ヶ月前にうちの後輩に1ラウンドKO勝ちした、強打とラッシングパワーの有る選手。
1ラウンド開始直後、得意の左ストレートボディから右フックをアゴに打つフェイントの先制打がモロに当り、続けた左ストレートも何度も決まって鼻血を出している相手選手の表情がビビッてる様に見えた。それは自分をよりリラックスさせるきっかけとなってくれた。
最終ラウンドは倒しに行くつもりで打って出た。その時、自分の左ストレートを待ち構えていたかのように右のウィービングからの鋭い右ショートフックが飛んで来た。
パンチは見えたが間に合わない。とっさのショルダーブロックや顔を横にそらすような技術は持ち合わせていなかった。グッと歯をくいしばった。「ゴツン」と言う鈍い音とともにマットに横たわってしまった。
意識はハッキリしていたが顔に重大な異常が生じていることを痛みやきしみで察知した途端、うめき声をもらしていた。立ち上がって戦ったにしても、続けて顔面を強打されれば残りの長い人生を五体不満足で暮らさなければならない恐怖が、短時間に理屈抜きで襲って来た。私はアレクシス・アルゲリョがアーロン・プライアーにダウンされて立たなかった時のように、試合を棄権した。
感動的な逆転劇で相手をヒーローにした脇役はリングを下りて鏡を見た。下の歯の真ん中が1cm程開いて血がドクドク出ている。まともにしゃべる事も出来ない。とりあえず自分の試合のレフリーをした方が、クルマでボクシング連盟の専門医の先生の所へ連れて行ってくれた。
「これは骨折しているな~」
すぐに水道橋の歯科大へと移動した。歯科大の大関先生はレントゲン写真を見ながら下アゴの正面が真っ二つに割れて、両サイドにも大きなひびが入っていると説明した。「今日は仮止めをして明日本格的に治療する」と言ってワイヤーで歯と歯の間を所々結んだ。
翌日、結んだワイヤーを全て解いて、今度はレントゲン写真と照らし合わせながら、歪みの無いように歯と歯の間を全てワイヤーで念入りに縫うように縛っていった。1度仮止めで一晩くっつきかけていた骨と骨が「ベキベキッ!」と音をたててまた剥がされて位置移動を余儀なくされる。その痛みと衝撃で顔が風船のようにみるみる腫れ上がって別人のようだ。
「大の大人がワンワン泣くのに君は強いね。」
かっぷくの良い大関先生が笑う。私は心で泣いて顔で笑う。
「年取ったらどっかの俳優さんみたいに、正面の割れたところに線が出て渋い二重アゴになるよ。」
喜んで良いやら・・・(現在まだ二重アゴにはなっていない)
それから数ヶ月間、ワイヤーでチャックされた口にまともな食料は入らず、ミキサーですりおろした流動食を流し込んだ。途中で飽きて何度も体が拒絶した。体重は試合の時から更に落ちてライト級を余裕で下回った。
私が高校生の時観た、モハメッド・アリがケン・ノートンにアゴを割られた時ってこんな感じだったんだな~と思った。最終ラウンドまで頑張ったアリは凄いと思う。
それから、試合中アゴを割られても最後まで頑張って判定まで行く選手の試合をいくつか観た。沖縄の仲里選手、協栄ジムの坂田健史選手、特に坂田健史選手の試合は感動した。
坂田選手は私よりももっと凄い骨折で、歯が殆ど陥没して(粉砕骨折?)歯茎しか見えなくて出血も止まらないまま判定まで戦った強靭な精神力の持ち主。試合にかける気持ちが並外れた尊敬する選手です。
私の試合は、タイトルもかかっていないオープン戦に過ぎなかったが、結果、アゴが割れても闘争本能でなりふり構わず最後まで戦ってしまう根性や勇気の無い、チキンハートである自分を確認した。
只、自分なりに褒めてあげたいのは、そんな自分を叱咤してアゴが完治した後も2試合出て、一つは負けたけれどもう一つは勝った事である。
リングの中で殴りあう修羅場、ボクシングは、自分にとっては無駄ではなく尊いものだった。
感動的な逆転劇で相手をヒーローにした脇役はリングを下りて鏡を見た。下の歯の真ん中が1cm程開いて血がドクドク出ている。まともにしゃべる事も出来ない。とりあえず自分の試合のレフリーをした方が、クルマでボクシング連盟の専門医の先生の所へ連れて行ってくれた。
「これは骨折しているな~」
すぐに水道橋の歯科大へと移動した。歯科大の大関先生はレントゲン写真を見ながら下アゴの正面が真っ二つに割れて、両サイドにも大きなひびが入っていると説明した。「今日は仮止めをして明日本格的に治療する」と言ってワイヤーで歯と歯の間を所々結んだ。
翌日、結んだワイヤーを全て解いて、今度はレントゲン写真と照らし合わせながら、歪みの無いように歯と歯の間を全てワイヤーで念入りに縫うように縛っていった。1度仮止めで一晩くっつきかけていた骨と骨が「ベキベキッ!」と音をたててまた剥がされて位置移動を余儀なくされる。その痛みと衝撃で顔が風船のようにみるみる腫れ上がって別人のようだ。
「大の大人がワンワン泣くのに君は強いね。」
かっぷくの良い大関先生が笑う。私は心で泣いて顔で笑う。
「年取ったらどっかの俳優さんみたいに、正面の割れたところに線が出て渋い二重アゴになるよ。」
喜んで良いやら・・・(現在まだ二重アゴにはなっていない)
それから数ヶ月間、ワイヤーでチャックされた口にまともな食料は入らず、ミキサーですりおろした流動食を流し込んだ。途中で飽きて何度も体が拒絶した。体重は試合の時から更に落ちてライト級を余裕で下回った。
私が高校生の時観た、モハメッド・アリがケン・ノートンにアゴを割られた時ってこんな感じだったんだな~と思った。最終ラウンドまで頑張ったアリは凄いと思う。
それから、試合中アゴを割られても最後まで頑張って判定まで行く選手の試合をいくつか観た。沖縄の仲里選手、協栄ジムの坂田健史選手、特に坂田健史選手の試合は感動した。
坂田選手は私よりももっと凄い骨折で、歯が殆ど陥没して(粉砕骨折?)歯茎しか見えなくて出血も止まらないまま判定まで戦った強靭な精神力の持ち主。試合にかける気持ちが並外れた尊敬する選手です。
私の試合は、タイトルもかかっていないオープン戦に過ぎなかったが、結果、アゴが割れても闘争本能でなりふり構わず最後まで戦ってしまう根性や勇気の無い、チキンハートである自分を確認した。
只、自分なりに褒めてあげたいのは、そんな自分を叱咤してアゴが完治した後も2試合出て、一つは負けたけれどもう一つは勝った事である。
リングの中で殴りあう修羅場、ボクシングは、自分にとっては無駄ではなく尊いものだった。
信龍
2018年09月20日 23:46
はじめまして。
たまたま、顎の骨を折った後は、どうなるか検索して、こちらのブログを拝見しました。
生々しいお話で、よくわかりました。
ただ、普通の人だと、骨が折れて、最後まで闘うというのは、できないですよね。
チキンハートではないと思いました。
ありがとうございました。