私が高校生の頃通っていたヨネクラボクシングジムは、その頃が全盛期だった。柴田国明さん、ガッツ石松さんが世界チャンピォンで、辻本章次選手、岡野正治選手と言った有望選手、そして一年に5人の新人王が誕生して昇り竜の如き勢いだった。
私が通っていたこともあって学校の同級生も沢山入門した。
ガッツ石松さんがメキシコのロドルフォ・ゴンザレスを、接戦の末幻の右を放ち劇的なKOで破って、世界ライト級チャンピォンになった翌日の事だった。
同級生4人で練習していると突然石松さんがジムに現れて、ジムがざわめいた。練習着に着替えた石松さんは自分ら4人のいるところへやって来て、
「おまえら今から外一緒に走りに行くぞ!準備しろ!途中で俺を抜けるもんなら抜いても構わないぞ!」
私たちは、昨日世界チャンピォンになったばかりのガッツ石松さんの走る後をついて行った。
最初はジムから出たばかりのあまり人気の無い道を黙々と走っていたが、目白の駅前通りに差し掛かると様子が一変した。川村学園や学習院の女子学生達がガッツ石松さんに気がつき、「あ!ガッツ石松だ!」
「昨日世界チャンピォンになった石松だ!」と騒ぎ始めた。
上機嫌の石松さんは「ウオーッ!」と女子学生達に向って走って行って、女子学生達も「キャーッ!」と逃げたりとお祭り騒ぎとなった。
その時!空気を読めない私の仲間が、最初に言われたとおりに石松さんに追いつき、追い抜いた。途端に石松さん苦虫を噛み潰した表情で仲間の後頭部をピシャッ!と叩き、「お前、何抜いてんだ!」...(笑)
練習後マットに横になっている石松さんによく呼ばれた。メディシンボールを使ったマッサージの仕方を教わりながら石松さんをマッサージした。今でも同じように手の平の下の部分で家族が腰や足が痛い時にマッサージをするが、その時の経験や要領が身について生かされている。
マッサージをしながら石松さんが言う。
「お前の学校の先輩、この前俺とスパーやった奴、デビューしたか?」
「はい、1RKO勝ちでした。」
「そうだろう。あいつなら勝つだろう...」
そのスパー相手をした先輩には私と同級の弟がいて、話は聞いていた。酒場の喧嘩のような凄いスパーだったそうだ。お互いヒートアップして、先輩は石松さんにパッチギ(頭突き)を入れてしまったそうで、石松さんは幻の右を何度も何度も本気で打ったそうだ。その先輩は家に帰って来て黒タンになった目を押さえながら「石松たいした事ねえよ!」と負け惜しみ?を言ってたとか...
石松さんに一目置かれる先輩がうらやましく思えた。
ある日、石松さんが「おい、スパーリングやろう」と私を指名した。
その数日前、私はフェザー級新人王の佐々木さんとスパーして右ストレートボディを打った際に思いっきりヒジで叩かれて逆間接のような感じでひねって腫れ上がり、全く右腕が使えないでいた。川島トレーナーは、私が怪我しているからと他の練習生を探して連れて来た。
その練習生と石松さんのスパーリングが始まった。
練習生はスピードの有るワンツー連打で果敢に打って出たが、石松さんは余裕でかわすと普通の選手の右ストレートよりも強い左ストレートをビシッと打つ。カウンターで打つ右アッパーも凄い破壊力だ。左ボディアッパーがパン!と音をたてて入ると、練習生は悶絶してマットにひざをついた。
「立て!俺はそう言う時でも立って来たんだ。」
練習生は立ち上がり、スパーを続行した。
仮に私が怪我をしていなくてスパーリングが出来たとしても、石松さんに一目置かれるようになるには程遠いと思った。